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ときどきコラム

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2003年4月21日号



人の痛みはわかりません “ジュンコちゃん”。 名前と顔が癒し系 です。                          

今、4月21日の朝6時過ぎです。
一昨日から体調が悪く家から一歩も出れず、イースター礼拝も欠席してしまいました。
昨夜は疼痛がひどくて眠れず、ようやく痛みがおさまって今頃起きだしてきました。

以前にこのコラムでも少し触れましたが、私は身障手帳の上肢麻痺2級が交付されています。
平成2年2月、オートバイ事故の後遺症です。
左腕神経断裂で、身障手帳では“左上肢機能全廃”、ほとんど動きません。
もう受傷して13年にもなり、左腕が動かないことについてはあまり不便を感じなくなりました。
クルマの運転はできますし、(自転車は不安定で乗れません)ネクタイを締めることもできます。
1級建築士も受傷後に取得しました。(自慢でなく、それまでに受かっていなかったことが恥です)

私は、眠るときと入浴時以外はいつも三角巾で左腕を吊っています。
整形外科の医師に「三角巾の必要は無い」と言われました。
しかし、吊っていないと左腕はぶらぶらして邪魔で危険で、何よりも、痛いのです。
幾人かの整形外科の医師と付き合ってきましたが、どうも彼等の発想は“エンジニア”ですね。
「神経がこうなっているからこのような機能で、痛みのメカニズムは・・・」というようなことを言われました。
痛みに対して一様に無頓着で、痛み止めの内服薬を処方する程度でした。

私の受傷後の痛みはとてもひどく、まったく仕事にならない状態でした。
痛みの訴えを聞いて対応してくださったのは、当初は脳外科、後に麻酔科の医師でした。
私が受診していた病院には“ペインクリニック”痛み専門の診療科がなく、麻酔科の医師が勤務の合間に、手術の後などに“神経ブロック”を施してくださいました。
これは病院としては特別な措置で、とても効果がありありがたく思っています。

現在は左半身全体のしびれは常時ですが、ひどい痛みの頻度が激減しました。
日常生活に支障のない程度になりました。
昨日は、年に数回程度になった“ひどい痛みの日”でした。
釘で手のひらを刺しているかのような痛みが数分おきにくるのです。

このような私の状態を見て、「人の痛みがわかるからよい仕事ができますよね」と言われることがあります。
確かに、身障手帳を持つということの意味や、生活の不便さは実感できます。
しかし・・・その人の痛みはその人でなくてはわかりません。

身体上の疼痛も、心の痛みも、当人でなくてはわからないことです。
その人の生まれ育ってきた環境、症状、現在の生活環境、周囲の人々との関係・・など、一人一人によってまったく条件は違います。
「障害の受容ができていない」とかいいますが、第三者にそんなこと言われて納得できるはずもありません。

聖書に
「泣くものとともに泣き、喜ぶものとともに喜ぶなさい」とあります。
他人の気持ちを完全に理解することはできませんが、その人に寄り添ってともに泣き、喜ぶことはできます。
社会福祉を仕事とする者は、いつも客観的で冷静な判断をせねばなりませんが、
「泣くものとともに泣き、喜ぶものとともに喜ぶ」心を持っていたいですね。


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