ホームページへ戻る

「ときどきコラム」トップに戻る

ときどきコラム

81
2005年4月4日

誕生日は何に感謝しますか?

〜今年のイースター

3月20日撮影

昨年の母の日に長女が送ってきたカーネーション。

庭におろしたまま、ビニール掛けなどの越冬対策もしないのにつぼみが

ふくらみ、もう花が咲き始めました。

この冬浜松で氷点下になったのは数日でしたが、すごい生命力( ・_・;)

 

きょう3月22日は私の誕生日でした。

わざわざホームページで紹介することでもない・・と思っていたのですが、

思いもよらず母から電話がかかってきて、誕生日についての思いが新たになったので

ここに記す次第です。

母「ちょっとあんた、いくつになったと?(福岡生まれで博多弁丸出し)」

私「酉年やからもう四周りして48や(大阪生まれなので肉親との会話は大阪弁丸出し)」

母「もうそんなになったん?こっちも歳とるはずや」

私「そらそうや。もう僕に孫がおるんやから。

  電話ありがとう。こうして僕が生きてるのも生んでくれたおかげやから。

  でも、生きてるというのは不思議やなあ。

  神様に感謝せんとあかんわ。

  そうや、今度の日曜日は復活祭、イースターやで。近くの教会に行ってや!」

母「自転車で教会の前をよく通るけど・・」

と、こんな会話が続きました。

誕生日は生んでくれた親に感謝する日でもありますが、

いのちを与えてくださったのは神様ですから、

なおさら神様に感謝しなくっちゃ!(^^)!

母は西宮市で一人暮らし。

いつも祈りの課題の一つですが、まだ主イエス様をまことの神様と信じていません。

早く信じて救いにあずかりますように!

 

木曜日定例の祈祷会から帰宅して、つい先ほど(3月24日23時27分)撮影。月齢13.8。明日が満月です。

明日の打ち合わせ資料も見積書も、これからまとめねばならぬのに・・・好きでやってるので(^_^)/

今年は、今度の日曜日、3月27日がイースターです。

『その年のイースターの定め方=春分の日を過ぎた満月の日直後の日曜日』

そしてきょう(イースターの前の金曜日)は、イエス・キリストが十字架にはり付けにされて死刑にされた日です。

これは神話や昔話ではなく、完全な事実です。

・・・祭司長、律法学者たちに裁判に引き出されたイエスは尋問されます。

「あなたは神の子か?」

「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです。」

この一言で死刑が決められました。

自ら十字架を背負わされゴルゴタの丘を登り、その十字架に生きたまま釘で打ち付けられ、槍で脇腹を突き刺されます。

そのときイエスはこう言われました。

「父よ彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分ではわからないのです。」

正午から3時頃まで日食が起こり太陽は光を失い、神殿の幕が真っ二つに裂けました。

イエスは大声で叫んで、息を引き取りました。

「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」

そして墓に葬られ、三日目(ユダヤの習慣で、当日を含めて)の日曜日によみがえります。

このことを記念して行われるのがイースター「復活祭」です。

これらのことを本気で信じているのがクリスチャン。

「おめでたい奴ら」ですか?

あなたは、本気でアメーバや水中生物や類人猿から進化して人間が生まれたと信じますか?

その方が信じられないことではありませんか?

人間が生物進化の果てにできたのなら、ますます良いように進化していくのでしょうか?

人間がどんどん良くなっていると思いますか?

人間は、自分をつくった神に反逆し続けます。

人は、どうがんばっても自分のことがいちばん大切で、結局は「自分を神様にしている」のです。

3月27日の日曜日、お近くの教会に行ってみませんか?

牧師の語るイースターのメッセージに耳を傾けてみてください。

きっと、今まで見えなかったもの、ひょっとすると「自分の生きている意味」がわかるかも知れません。

 


あなたは、何かに依存していませんか?

私は心の中で否定していても、仕事に依存している=ワーカホリック(workaholic)ような気がして・・

主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。

幸いなことよ。彼に身を避ける者は。(詩編34:8)

 


ページのトップへ