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ときどきコラム

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2006年2月27日

 

「忙しいけど楽しかった」

鹿児島市出張・奄美大島旅行記


ほとんど出張に関係ないけれど・・・

「介護報酬改正に関する動向について」

WAM NET「行政関係資料」 画像セット9サンプル4

『全国介護保険担当課長ブロック会議資料(2月21日〜28日開催』

参照下さい。

 

この出張・旅行中に、偶然にも介護保険制度改正、支援事業所に関するいくつかの連絡が入りました。

「旅行などしてないで問題提議しろ」というお叱りの声も携帯に入ってきました・・・・

○小さい事業所は閉鎖するところもでている。うちの事業所に肩代わりしてくれと依頼があった。

○経営者は利用者を者のように考えている。劣悪なところは淘汰されればいい。

○介護保険の改正には悪意を感じる。利用者をかなり制限する意味で酷すぎる。

○要支援・要介護1でベッドと車いす使用者の大半は9月末に大半は強制撤去になる。

○ケアマネが見つからなくてサービスを受けられない「ケアマネ難民」がでてくる。

○あの単価では、予防プランは敬遠せざるを得ない。

○地域包括がまともに機能するとは思えない。

○「引き続き予防に移った方も既存居宅で継続してプラン委託」などと言っている。

自治体は自らの怠慢を民間に押しつけているいる。

○ケアマネがどんどん職場を移っている。「少しでも待遇・内容の良いところがないか」と。

○地域包括支援センターになるところからも、難破船からネズミが逃げ出すごとく、

ぎりぎりに退職しようとしているケアマネもいる。

○今回研修にうかがった鹿児島県は、「当面地域包括支援センターを設置しない。経過機関のうちに様子を見る」と。

これは、「問題の先送り」でなく、賢明な判断かも。

○果たして、地域包括支援センターは予防プランを立てる体制となっているのか。

○「制度の改悪」でしかない

この件について、西村は現在支援事業(ケアプラン作成)をしていないので、

コメントする知識をほとんど持ちません。

「なんでも相談ネットワーク」の発起人であるジョアン社会福祉士事務所・粟倉敏貴氏 画像セット9サンプル4 が、

自身のホームページで詳細に意見を述べていらっしゃいます。

是非ご覧ください。

2月22日16:47「中部国際空港の夕日」

午前中は退院間近の患者さん宅で改修についての現地調査。14:15浜松駅バスターミナル発の空港直行バスに乗る。この空港が開港した一年前まで、浜松には空港への直行交通機関がなく、飛行機に乗るにはたいへん不便でした。

愛知県常滑沖の、埋め立ててつくった人工島。

中部国際空港の「ユニバーサルトイレ」

西村はどこへ行ってもできるだけトイレを観察しています。

さすが最新の空港。「どなたでもご自由にお使い下さい」『・・・オストメイト用の設備があります』は泣かせます。このオストメイト(人工肛門・人工膀胱造設者)という言葉に説明を加えないのも配慮のうちでしょうか。

いまだに「車いすトイレ」などと掲示した福祉施設や公共施設があり、その組織の意識の低さを露呈しています。

同トイレ内。手洗器と便器の間にあるのがオストメイト対応の汚物流し。単体で定価約8万円也。

手前左にちょこっと写っているのはおむつ交換等に使うベッド。あたり前ですが、トイレの条件は使いやすく清潔であること。維持費もかかっているでしょうね。

2月23日「フランシスコ・ザビエル聖師滞鹿記念碑」

研修会は午後なので、ホテルをチェックアウト後歩いて会場に向かう途中に立ち寄る。その名も「ザビエル公園」。

隣接してカトリック教会が建てられています。

2月23日「鹿児島市役所本館前」

午前中、介護保険課にて打ち合わせ。手前は今やエコ対応交通機関として評価されている路面電車。ボディーの広告は、さすが黒糖焼酎。

2月23日「鹿児島県民交流センター」

お台場のフジテレビにちょっと似た、とても立派な建築物。

どこかの国の国会議事堂と言われても通じそう、近寄りがたい雰囲気。この中に県介護実習・普及センターもあるが、住宅改修の研修はなく、今回の研修も市の主催。

2月23日「県政記念館」

大正14年建設の旧県庁舎の正面玄関が、上に掲載の県民交流センターの敷地内に移築され、リニューアル、活用されている。旧社会事業大学本館に似て懐かしい。

大理石やテラゾ塗りなど、当初の素材がきれいに磨かれ美しい。2階にはレトロな雰囲気の食堂があり、この日の昼食はここで「鹿児島黒豚ローストンカツ」をいただきました。

いつも食している豚とは全然旨味が違いました。」

おいしかったなあ・・・

 

2月23日「かごしま市民福祉プラザ」

ここで今回の研修を実施。

「平成17年度福祉用具及び住宅改修事業者研修会」

ほぼ会場いっぱいの受講者。

西村は「制度の有効活用」というテーマで、主に実施例の写真を約200枚紹介して「ほんとうに役に立つ改修工事とは」について述べた・・・つもりです。

新年度には、改修工事の「事前申請制」と「理由書の様式が統一される」と全国課長会資料が公表されています。しかし具体的な運用方法がわからず、市の担当官に質問しても「厚生労働省からの通知がなく、わからない」とのこと。

一月後の4月にはどうなっているのか、どのように手続きすればよいのか、わからないままです。

「指示さえあれば粛々と?運用する」・・ということかな。

2月23日「フェリーから見た鹿児島市街地」

研修会終了後、17:10出航のフェリーに乗船。

昔読んだ本で「錦江湾は真珠湾に地形が似ており、旧日本海軍が奇襲作戦の訓練を行った」と読んだことがあります。

市役所からわずか徒歩10分でフェリーの埠頭。平らな市域は極めて狭い。

2月23日「桜島」

錦江湾の東側にそびえる、活火山桜島。

降ってくる灰は市民生活に大きく影響し、毎日「桜島の風向き」が予報されています。

 

2月23日17:53「薩摩半島に沈む夕日」

私が生涯で見たうちでもっとも美しい夕日かもしれません。

ここは東経130°付近。浜松は東経137°

60分×24時間(一日を分で表す)/地球一周360°=4分

→経度が1°違うと時間差4分ということです。

薩摩半島と浜松の日没は4分×7°=28分の差。

静岡市と浜松市は約1°の差だから、4分の違いだよ。

「60×24/360」は、360が60の倍数なので、

「1×24/6」となり、「24/6=4」わかりやすい式です。

「西村の愛した数式」としていい?

フェリーの二等客室

出航するなり多くの人が横になっていました。しばらくしてその意味が判明。外洋に出ると揺れがひどくなり、起きていると船酔いしてしまう。床にへばりついて極力揺れないようにするのが得策だということがわかりました。

鹿児島港→奄美大島・名瀬港まで14時間。

沈没でもしたら・・・運命共同体の船上です。

2月24日07:20「名瀬港に到着したフェリー・あまみ」

一晩寝て起きたら奄美大島。二等船室の運賃は8,800円ですが、身障割引で何と半額、4,400円也。

鹿児島でホテルに泊まって飛行機で13,000円奄美に渡るより、時間もお金も大きな節約でした。

2月24日「特別養護老人ホーム・奄美佳南園」

私が勤務していた聖隷福祉事業団の施設。初代園長は何と牧師でした。私が在職中にデイサービスセンターの新設などで関わったのですが、2年前にほぼ全館新築されており、立派さに驚きました。

2月24日「田中一村記念美術館にて、友人・Nさん夫婦」

在職中にお世話になった友人。わざわざ二人とも休みを取って私につきあってくれました。ご主人は地元出身で現在はデイサービスセンターの責任者。奥さんは看護師で静岡出身、奄美に嫁いできました。二人ともクリスチャンです。

2月24日「田中一村の作品『ビロウとアカショウビン』と旧居」

田中一村は 東京美術学校(現在の東京芸術大学)日本画科に入学するなど、将来を嘱望されながらも、病気や生活苦の中で中央画壇とは一線を画し、清貧の中で絵を描き続けた。 50歳の時に奄美に移り住み、紬の染色工として生計をたて、蓄えができたら 絵を描くという生活を繰り返し、名瀬市有屋の借家で、誰にも看取られず69歳の生涯を終えた。

その家が今も市内の住宅街の一角に残っています。まさに掘っ立て小屋でした。

奄美は島全体が貧しく、今もこのような住宅が残っており実際に使われてもいます。

2月24日「Nさん夫婦に案内してもらった『S家』住宅と庭」

今も足利時代から家系図が続くという子孫が生活している。独居老人でデイサービスに通所しているとか。今は別に住む家族の努力で手入れがなされてはいるがとにかく広く、周辺の土地との境がどこだかよくわからない。老人曰く「昔は向こうの山もうちの土地だった」とか。

「『S家』の庭」

さすがに本土とはかなり違う植生だが、温帯の植物も多く全くの亜熱帯というわけでもない。

庭の池で、初めてサンショウウオなる生物に遭遇しビックリ。体長は10センチ以下、なかなかかわいい顔をしている。両生類だからイモリの仲間です。

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